「緑の日本列島」の「隠された日本の財産」が、新たな文明を開く。
■1.国産材のボトルネックは乾燥
前号[a]では、現代日本の林業が
「三方悪し」に陥っている事を述べた。
要約すると:
1)国土に悪し: 先進国トップクラスの豊かな森林に恵まれているのに、
樹木の年間成長量の25%程度しか使われておらず、
手入れ不足のために荒廃しつつある。
2)世界の自然に悪し: 自国の森林を十分に活用しないまま、
国内需要の6割を海外からの木材輸入に頼っており、
世界の自然に負担をかけている。
3)国民経済に悪し: 木材輸入代金に1兆2千億円余を使い、
国内の林業経費の約7割は国庫補助金で負担。
問題の根本は、
豊かな国内の森林を十分に活用できていない所にある。
その理由は、
国産材、特に杉は外材に比べて乾燥が難しいために、
寸法や納期の問題を抱えていることだ。
乾燥には長い年月がかかる。
自然乾燥では「一寸(3センチ)一年」というから、
数十センチの丸太なら何年もかかる。
それを短縮すべく、
100度ほどの高温乾燥炉で1~3週間ほどで乾燥させる。
この時間とコストがばかにならない。
しかも高温乾燥すると木が反ってしまう。
反った分を削って真っ直ぐにすると削り代が無駄になる。
せっかく真っ直ぐに削っても、
しばらくするとまた曲がってくるので、
出荷後の寸法問題が生ずる。
1%縮んだとしても、2メートルの梁(はり)なら2センチ。
これで家を作ったら、隙間だらけになってしまう。
■2.「自然界にある温度でなきゃかわいそうでしよ」
実は、
この乾燥問題を一気に解消する発明が実用化されている。
木材乾燥装置「愛工房」である。
従来の装置は速く乾燥させるために
100度もの高温を使っていたが、「愛工房」は45度だ。
木材乾燥のプロがこれを聞くと
「45度!? ほんとかい?」と耳を疑う。
高温の方が速く乾く、という常識の逆を行っている。
しかも、杉の板材を乾燥させるのに
100度の高温乾燥でも1週間かかるのを、
45度の「愛工房」は1日で乾燥させてしまう。
「愛工房」の開発者・伊藤好則さんは、
電気工事会社を経営していたが、
60歳からは日本の林業のために、
素人ながら乾燥装置の開発に取り組んだ。
その取り組みを次のように述べている。
__________
素人なのがかえってよかった。
経済や効率優先の考え方ではなく、
「伐採してからも生きている」「呼吸する生き物である」
という考えに基づき、
「木の立場」に立って製作したところ、
今までの乾燥機とは全く違ったものが出来上がりました。
[伊藤]
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「なぜ、45度にしたのか」と聞くと、
「だって木は生きているんだから、
自然界にある温度でなきゃかわいそうでしよ」と答える。
[船瀬、p48]
「なぜ、こんなに速く乾くのか?」と聞かれても、
「なぜって言われても、速く乾いちゃうんだからしょうがない」と、
腕組みをし、首をかしげる。
[船瀬、p53]
■3.「杉って、こんなにきれいだったんだなぁ」
理論的解明はこれからだが、どうやら
100度の高温乾燥は木を殺してミイラにするようなもの、
45度はサウナで健康的な汗をかかせて水分を絞り出すもの、
という違いがあるようだ。
ミイラにする時間より、
サウナで汗をかかかせる時間の方が短いのだろう。
高温乾燥した杉材は表面はきれいでも、内部はパサパサ、
しかも芯の水分は残っている。
杉の色、艶、粘り、香りも失われている。
高温乾燥の後では、乾燥室の床や壁に「嘔吐物」が出る。
これは木の防虫・抗菌作用を持つ精油成分や、
癒やし効果を持つ芳香成分らしい。
これらを吐き出して、
ミイラになった木材は白アリ、ダニ、カビに弱い。
だから、全世界の木材のほとんどは出庫・輸出前に、
密かに殺虫剤や防腐剤の毒液を加圧注入、
あるいは蒸気を染み込ませる。
こういう「毒漬けミイラ」となった木材を使った住宅で、
シックハウス症候群が起こる。
愛工房で乾燥した木材を、建設業者たちが手にとると、
まずその軽さに言葉を失う。
含水率は6~7%と、彼らが手にしたことのないレベルだ。
__________
さらに、あずき色の木目の流麗さ、色合いに驚く。
「杉って、こんなにきれいだったんだなぁ」ため息。
さらに、板を電灯にかざし、艶や照りに唸る。
「虹みたいに光ってるよ、オイ」
そして、木片を鼻先にもっていく。
目をつむって深呼吸。
えもいわれぬ深い芳香にただ首をふる。
「凄っげえ、いい香り!」
「こんな香りを嗅ぐの、初めてだよな」
中の一人が手招きする。
「それだけじゃないよ。ちょっとこれ見て」
乾燥済みの杉板の木口から目を細めて見る。
「ホラ、ぜんぜん反ってない」
「ほんとだ、暴れてない」
「寸法ピタリ!ありえねえ」
[船瀬、p4]
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■4.木造住宅は3百年はもつ
「愛工房」で乾燥した木は生きているので、
それで住宅を建てると、
安らぎやリラックス効果を持つ芳香を部屋中に放つ。
寝室や子供部屋に最適だ。
自宅で森林浴ができる。
体熱を奪うコンクリートに比べれば、木ははるかに暖かい。
「愛工房」で乾燥させた杉板でフローリングをすると、
来客は10人が10人、「床暖房してます?」と聞く。
生きた木はコンクリートよりも何倍も強く、長持ちする。
法隆寺の大工・西岡常一棟梁は
「コンクリート50年、木は1000年」と言っていた。
確かにコンクリートの建物は50年毎に建て替えねばならないが、
法隆寺は1300年の風雪に耐えている。
生きた木は年々、年を経るごとに強度を増していき、
築300年くらいで最高強度に達する。
白川郷の合掌造りの古民家も古いもので300年と言われている。
現代の木造家屋が2,30年毎に建て替えなければならないのは、
ミイラ化して脆くなった木材を使っているからだろう。
毎世代、生涯をかけてローンを返しつつ、
家を建てなければならないので、日本人は豊かになれない。
欧州のように、200年も持つ家を建てたら、
祖父の世代に建てた家に住み、親の代に買った別荘で遊び、
自分の代でヨットを買うことができる。
数百年は持つ家を建てることが、
日本人の生活を豊かにする一つの道である。
■5.「隠された日本の財産」
__________
木は物やありません。生きものです。
人間もまた生きものですな。
木も人も自然の分身ですがな。
この物いわぬ木とよう話し合って、
生命ある建物にかえてやるのが大工の仕事ですわ。
木の命と人間の命の合作が本当の建築でっせ。
[西岡]
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西岡棟梁のこの言葉が復活する道が、
「愛工房」によって開かれようとしている。
特に日本全土に生えている樹木の約四分の一は杉だ。
伊藤氏は言う。
__________
日本の風土に一番適していたのが杉なんです。
私たち日本人の先祖は、一番身近な杉の手入れをして、
育て、共生してきたんです。
[船瀬、p103]
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そういえば、各地に杉のご神木が祀られている。
杉の学名は「クリプトメリア・ジャポニカ」、
「隠された日本の財産」という意味である。
ご先祖様たちが大切にしてきた宝物を、
我々は山に置き忘れてきた。
その宝を今こそ大切に活用しなければならない。
[船瀬]の著者は「緑の郷」構想を提唱している。
それは全国各地の山村に「愛工房」を設置し、
その近隣に木材加工工場、家具工場、建具工場などを併設する。
山村が木材の供給地として復活すれば、
これらの工場をその近くに建てることが経済的になる。
これにより、山村にも仕事が生まれ、過疎地が再生する。
■6.山主から地域工務店までが結束する「森林再生プラットフォーム」
「緑の郷」構想を実現するにも、
川上の山主から川下の住宅建築を担当する工務店を繋ぐ
サプライチェーンを効率良く運営できるシステムが不可欠だ。
現状では、各段階がバラバラにマージンをとるため、
しわ寄せが山主に行って、
直径30センチ、長さ4メートルの丸太を
数十年かけて育てても3600円しか得られない。[a]
この状態をなんとかしようと立ち上がったのが、
伊佐ホームズ株式会社の伊佐裕・社長だ[b]。
伊佐社長は、まず今の価格では山林経営はとうてい成り立たないため、
現在の市場価格よりも5割高い価格で木材を購入することとした。
そして、サプライチェーン全体を見直して、各段階でのムダを無くし、
その木材価格でも工務店のビジネスが成り立つように工夫した。
そのために伊佐社長は
「森林再生プラットフォーム」という仕組みを考え出し、
志を同じくする地域工務店などに呼びかけ、
その運営を担う会社を設立した[森林パートナーズ]。
伊佐社長はその狙いをこう語る。
__________
例えば、工務店が三十社ほど集まれば、
施工実績から全体で年間千軒ぐらいの
家が建つという見通しができます。
そうすると、
木材需要は年間二万立方メートル規模で発生することになる。
もちろん、年によって多少の変動はあるだろうけれども、
安定的に需要が生まれるわけですから、
川上の林業家はいつ間伐しようとか、
いつ作業道を付けようという計画を立てることができます。
また、川中の製材所・プレカットエ場も、
工務店からの仕事が安定的に入ってくるわけですから、
交渉や営業にかかっていた無駄なコストは要らなくなるし、
繁忙・閑散期を見越して適切な形で工場を動かして行くことができる。
要するに、「三方よし」ではないけれども、
誰か一人が得するのではなく、全体で価値を共有して無駄を省き、
利益を分け合う。それができるようになるわけです。
[伊佐]
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「緑の郷」にこういう仕組みが導入されれば、
「現場に納入する期日も守られない」
という工務店の不満も解消するだろう。
「ちゃんと乾燥させてくれと製材所に言っても、全然やってくれない」
という問題も「愛工房」によって解決する。
「愛工房」という技術的ブレークスルーと
「森林再生プラットフォーム」による事業システム革新が組み合わされば、
日本林業の再生を切り拓く鍵となるだろう。
■7.セルロースナノファイバーで我が国は資源大国に
木のいのちをさらに活用する
画期的な技術革新が生まれようとしている。
紙や綿花は植物の繊維をとりだして作られるが、
同様に、植物繊維の主成分であるセルロースを
1ミリの百万分の一のレベルで取り出した材料が
セルロースナノファイバー(CNF)である。
CNFは樹木の強さを引き継いで、
鋼鉄の1/5の軽さで5倍以上の強度をもつ。
自動車のドアなどの車体材料に用いれば、
2割程度軽量化できる可能性がある。
また歯車や軸受けなども試作されている。
建設も、CNFの構造材で骨格を作り、
壁や床は愛工房で乾燥させた生きた板材、
ガラスはCNFによる透明な代替材料を使えば、
森林由来の材料で自然と人間に優しい建物ができる。
CNFは、プラスチックの代替材料としても使える。
__________
森林の2/3を占めるスギやヒノキなどの人工林において
木材の蓄積量が毎年7,500万立米増加している。
木材1立米の重量を400kgとすると、その半分はCNFなので、
人工林で毎年1,500万トンのCNFが蓄積していることになる。
それは我が国における年間プラスチック消費量の
約1.5倍の量に匹敵する。
[アグリバイオ、p12]
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つまり、
現在国内で消費されているプラスチックは
すべてCNFに置き換えることも可能なのだ。
その原料となる木材パルプは国産原料であり、
100円/kg以下という安価で、大量かつ安定的に入手できる。
その分の石油輸入も不要となる。
またCNFは従来の紙と同様の廃棄・リサイクルが可能であり、
そのための技術や社会インフラがすでに確立している。
■8.「鉄と石油の文明」から「木の文明」へ
我が国は鋼鉄を作るために鉄鉱石を輸入し、
各種プラスチック製品を作るために石油を輸入している。
CNFの技術革新により、これらの原料輸入を大きく削減できる。
エネルギー用途に使う石油輸入も、
薪や木片チップなどを用いたバイオマス発電や、
小水力発電、潮流発電など、
日本の自然を活用したエネルギー利用で減らしていくことができる。[c,d]
__________
海外の原油や鉄鉱石に依存してきた我が国の産業形態を、
林業、製紙産業、高分子化学産業、部素材加工業、
自動車・家電・建築産業が垂直に繋がった
自国の持続型資源による21世紀型脱炭素産業形態へと大きく変革できる。
[アグリバイオ、p12]
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かつては、
家屋や家具、道具の原材料は木材であった。
エネルギーも薪や木炭など、山林から得ていた。
近代に入って、
原材料もエネルギーも輸入品に代替されてしまったために、
経済の中心は臨海部に移り、
経済的役割を失った山村は過疎化していった。
CNFの技術革新によって、
海外から輸入される石油や鉄鉱石を樹木で代替し、
山村を再び我が国の経済構造の中心に引き戻すことができる。
それによって、
人口も臨海から山村に逆流し、
現在の行き過ぎた都市の過密化を変えていくこともできる。
森林大国日本は、その「隠された日本の財産」を活用して、
新しい「木の文明」を築くことができるのである。
(文責 伊勢雅臣)
■リンク■
a. JOG(1159) 「三方悪し」の現代林業
国内の森林を放置・荒廃させ、他国の森林を収奪し、
輸入代金と補助金で国富を浪費させている現代林業。
http://jog-memo.seesaa.net/article/202004article_1.html
b. JOG(681) 和の家、和の心
日本の伝統家屋には、社会や自然との和を創り出す智慧が込められている。
http://jog-memo.seesaa.net/article/201101article_1.html
c. JOG(1142) 小水力発電 ~「和の国」のエネルギー
小水力発電こそ、日本列島の自然と調和したエネルギー。
http://jog-memo.seesaa.net/article/201912article_1.html
d. JOG(730) 夢と希望のエネルギー立国
新エネルギー開発の夢と希望を抱いて、様々な人々が努力を続けている。
http://jog-memo.seesaa.net/article/201201article_1.html
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伊勢 雅臣